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2009年10月26日 (月)

ムギマキのペリット

この個体も含め観察した個体のほとんどが忙しく飛び回り、枝にゆっくりととまっている時間はほとんどないのですが、このときは何故か横枝でしばらくじっとしていました。と、その時、突然ペリットを吐き出しました。ムギマキがペリットを吐き出す瞬間を見たのはもちろん初めてです。

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私を含む地元のバーダーが9月末ないし10月初めから木の実チェックにまめに通い、10月初旬よりムギマキの撮影がようやくできるようになりましたが、また、どこかの常習犯のドアホがよそからひょこっとやってきて撮影場所をネットに掲載したためにこの週末はえらい人になってました。ここは自宅から15分。これから冬場にかけて頻繁に出向くフィールドだ。3~4年前まではごく自然に野鳥が撮影できる場所だったが、ここ数年の間にルリビタキやミヤマホオジロに餌付けするバーダーが毎年やってくるようになってフィールドの状況が一変してしまっている。うかつなネットへの書き込みでフィールド自体が変貌してしまうのだ。ネットに場所を載せたいなら都市公園でも行きなさい。

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コメント

今晩は。
>ムギマキがペリットを吐き出す瞬間、
実ではなく生きている物を食べているのかな?
私も始めて見ました。

>餌付けするバーダー<
最悪ですね。
何処でも地元の人は近くで観察できる場所を大事にしていて楽しんでいるのにね。
皆写したいので気持ちは分かりますが最低限のマナーは守って欲しいですね。

投稿: TSUCHIYA | 2009年10月26日 (月) 16時34分

TSUCHIYAさん、こんばんは。
観察していたときは口に含んでいた木の実をとり落としただけだと思っていたのですが、あとから写真を見るとペリットだと分かりました。おそらく虫の残骸と木の実の種子などが混ざっていると思います。

餌付けの功罪についてはマナーだけでは語れない部分もあり、科学的検証をしないまま餌付け=マナー違反とは断定しないようにしています。
以前にも書いたことがありますが餌付けで撮影した写真はこじんまりとしてしまってどれだけ綺麗に撮られているものでも写真から滲み出る自然のスケール感に欠けます。大事なのはどんな鳥種が撮れる場所かってことではなくてどんな状況で自然に撮れるかってことなので、正直なんのポリシーもない方には一切来ていただきたくないですね。逆にしっかりとした考え方の持ち主ならどんなに遠くから来られても歓迎します。冬の人気者のルリビタキやミヤマホオジロも本来ここでは餌付けなどしなくとも撮り手の鳥との接し方さえ正しければレンズ最短距離でいくらでも撮れるんですが。 

投稿: 探険隊隊長 | 2009年10月26日 (月) 19時08分

こんばんは
餌付けですか…野鳥じゃなくなってしまうのでは?と私個人は思います。なので、私がいつも行くお山で出会ったら注意するでしょう。
実は先日、逃げ出したインコさんと追いかけっこをしていたら笑い者になってました(^^ゞ

投稿: でつ | 2009年10月26日 (月) 23時16分

でつさん、こんにちは。
餌付けのことはとても難しい問題です。特に私の考えは普通にはなかなか理解しにくいかもしれません。さらっと読み流した場合、偽善者ぶってマナーのことを口うるさく言っている奴と思われるかもしれませんが、私のスタンスは“撮影者”としての支点に立ったもので餌付けに対する考えも、マナー以前の問題としてよい写真を撮るために結果としてはプラスには決してならないという考えに基づきます。餌付けそのものについての鳥に対する悪影響については、明らかに悪い影響を与える部分がると同時に、その悪影響を排除する方法で餌付けをした場合でも、なお明らかではない問題があるのかどうかはより実証的に検証をして見ないとなんともいえないと思っています。

餌付けされた鳥も飼い鳥も動物園の檻の中の鳥も私にとっては基本的に何も変わりません。鳥自身が好んで飼い鳥になったわけでもないし自分で選択して動物園で生まれたわけでもないですから。また、飼い鳥の写真が野鳥の写真に比較して写真としての価値そのものが最初から低いなどとも一切思っていません。ここらあたりは普段の私の言動からは全く逆の考えを持っていると誤解されるかもしれないところです。生け花と自生する花の関係みたいなもんかもしれません。

餌付けされた鳥は撮影者が設けたお立ち台で比較的自由に構図を決めて撮影ができるので一見自然の中の鳥より綺麗に撮影できるかもしれませんが、最終的には自然の中で本当に綺麗に撮ったものを越えられないという限界があります。そういった限界点まで十分見据えたうえで、あえて檻の中の鳥を自然の中の鳥以上に生き生きと撮影してやろうという気概のある人がいれば、そういう人には素直に敬意を表します。一方で餌付けの鳥を撮影しながら「飼い鳥や檻の中の鳥みたいなもん野鳥じゃないから撮ってもしょうがない」という方については、全く一貫性のない自己矛盾で撮影に対して何のポリシーも持たないことを露呈するものだと思います。やはり私の考えは複雑すぎますかね。その場限りの思いつきの考えではなく私の頭の中に常にある考えです。

投稿: 探検隊隊長 | 2009年10月27日 (火) 09時24分

こんにちは
私の理解がどこまで深くできているかはわかりませんが、なんとなくわかります。
まず、鳥がそこを選んで一時でも住処に選んだ。その居心地を悪くしたくない。人間が作る要らぬ警戒心も居心地を悪くさせる1つかもしれません。
それから、私は普段から変な写真ばかり撮っていますが、一応はポリシーがあるんですよ(・_・;)表情豊かに、そして自分の力で採ったものを食べる生きる本能を撮りたい、です。簡単に言うと、入院したら根付いてもいいから鉢植えをくれ!って感じです(笑)
1点目はまだまだ修行が足りず、つい距離を見誤ることが多いのですが、2点目は餌付けが嫌いな理由につながります。
鳥を撮る人と観る人がそのスタンスの違いで険悪なムードになったところに出くわし、逃げ出したい気分になりました、これまた難しい問題ですね。

投稿: でつ | 2009年10月27日 (火) 14時11分

でつさん、こんにちは。
でつさんがしっかりした考え方をもって撮影されていることはブログを拝見していてよく分かりますよ。ポリシーとか大層なものである必要は全然ありませんが、考える姿勢は私にはとてもよく伝わってきています。
撮影者と観察者とが対立する場面って結構ありますね。立場の違いと言ってしまえばそれまでですが、根本的に突き詰めて行けば必ず共通項が見つかるのに残念ですね。

投稿: 探険隊隊長 | 2009年10月27日 (火) 16時13分

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